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シンポジウム レビュー

14th archiforum in OSAKA 2012-2013 [新しい建築のことば]
第7回 シンポジウム レビュー


2013年5月25日、シリーズ最終回として「シンポジウム」が行われてから、10ヶ月以上が経ってしまった。筆者は当日、司会進行を務めたが、何かモヤモヤとスッキリしない感情が長く続き、筆が進まなかった。消化不良の根源を手探りで探し当てようとするような苦しい10ヶ月は、司会進行としても、執筆者としても力不足を感じるのに十分な期間であった。以下、当日の議論を振り返りながら、少しずつこのモヤモヤを整理したい。

今期のシリーズテーマは「新しい建築のことば」。このシリーズは、①コーディネーターが過去最多の6人であること ②各回コーディネーターとゲストが30分ずつレクチャーを行い、その後60分対話するという型式 ③最終回にはコーディネーターが一同に介し、シリーズをまとめる「シンポジウム」が行われたこと、などの点においてこれまでにないアーキフォーラムとなった。なおシンポジウム当日は、コーディネーター陣から依頼され、筆者が司会進行をつとめている。

まず始めに、各コーディネーターから各回でどのようなレクチャーと議論が行われたかについて10分ずつプレゼンテーションがあった。 それぞれの回で詳細なレビューが執筆されているので、詳しい説明は割愛するが、語られた主なキーワードは以下の通りであった。

長谷川豪×香川貴範(★)「スタディの可能性」:キーワード:「環境」
中坊壮介×田頭章徳(★)「普通であるということ」:キーワード:「Mundane(平凡な・ありふれた)」
森田一弥×金野千恵(★)「建築の知性」:キーワード:「建築の遺伝子」
メジロスタジオ×畑友洋(★)「これからの建築と社会状況」:キーワード:「他者性」「コンテクストの多様化」
長坂常×今津康夫(★)「抜き差しなる関係」:キーワード:「途中をデザインする」
中山英之×島田陽(★)「ちいさくておおきな家」:キーワード:「所有から自由になる」
(★)はコーディネーターを示す

筆者にとって、これらは一見バラバラのキーワードのように見えたし、この6本のプレゼンテーションが終わった時点では「新しい建築のことば」を探るための共通性、同時代性のようなものは感じ取れなかった。扱われた対象物もプロダクトからインテリア、集合住宅まで様々だ。しかし、これらのキーワードを、『「何をよりどころに設計するか」という問いに対する答え』だとすると、ある程度合点がいくことに気付いた。この点については既に、形STUDIOの田中おと吉氏がブログで指摘されている(http://www.katachistudio.com/?p=182)。いずれの登壇者もデザインする上で「積極的に外的な要因に左右 されようとしている」という指摘である。言い換えると、『何かをよりどころとして設計する』というスタンスだけが共通しているとも言える。

受動的な主体性をもつという建築家像
最後のプレゼンテーターであった島田氏から発せられた、「作家性をどう捉えるのか、という問いが軸になるのではないか」という問題提起から後半のディスカッションは始まった。それは「何かをよりどころとして設計する」という一見非作家的なスタンスが、いかなる作家性を持ち得るのか、という同世代の建築家への投げかけであり、且つ未だ見ぬ新しい建築家像への投げかけに聞こえた。3.11以降、建築家のあり方に変化が起きていることは言うまでもないが、それ以前の2000年代初頭から続く非作家性の議論は、未だに建築家像にとって主題になり続けている。また田頭氏からも「(建築もプロダクトと同じく)自然にそこに存在してしかるべきものを目指している」という指摘があり、プロダクト・建築を問わず、教条的な作家性から脱却するような共通のスタンスを垣間見ることができた。思い起こせば、ディスカッションの冒頭香川氏から「社会の状況が変化してきている中で、建築が(あるいは建築家が)社会に問われているのではないか」という問題提起があっ。この言葉は建築家という職能が社会状況に左右される、先天的に「受動的」な職能であることを示している。建築家の受動的な性格はもはや議論の対象ではなく「適性」と言えるほどに必須条件となっている。
ディスカッションでは、主に「他者性」と「作家性」という言葉が多用されていた。これらをあえて乱暴に整理すると、「他者性」は前述したような建築家という職能の受動的な性格を現している言葉だし、「作家性」とは建築家が主体的に作品をつくることを前提にしている言葉だ。一般的には相容れない言葉がディスカッションのあいだ飛び交っていた。
この2つの言葉の橋渡しとして、途中、畑氏が述べた「多様なコンテクストを発見する」という言葉は、一見当たり前のように聞こえるが、とても興味深く感じた。「コンテクスト」とは本来、主観の入る余地のない、背景としてすでにそこにあるものなので、兎にも角にも受け入れるべき対象であるはずだ。一方、「発見する」という言葉はトライ&エラーを繰り返す、能動的な意味を孕んでいる。この「多様なコンテクストを発見する」という言葉自体に建築家の「受動的な主体性」がにじみ出ている。また、「設計する上で何をパラメータとしてピックアップするかに建築家としての考え方が現れる」という今津氏の発言も同様のニュアンスを含んでいる。そして、これらを整理するかのように、会場からの声として構造家の満田衛資氏は『他者性も実装しなきゃいけないし、作家性も持ち続けなければならないという当たり前だけど非常に現代的な会話』と評した。「受動的な主体性」こそ求められているという真っ当な結論であった。
この結論はあくまでもこのシリーズの意義や登壇者の現在地点を確認することに対しては有効であった。しかし、未来を透視するような新しいことば、ムーブメントの萌芽のような「新しい建築のことば」を発見するところまで、議論を進めることができなかったことは、司会進行としては大変悔やまれる。

連歌のようにことばを紡ぐ建築の歴史
その意味で、筆者にとってひと際目を引いたのは、81年生まれの金野氏が発した「必ずしも敷地から建築が自然に建ち上がることは無いと思う」という言葉だ。つまり、コンテクストから切り離された建築家の主張は必要ではないか、という指摘だ。さらに「遠く離れた場所でも、時代が違っても自信を持って豊かだと言えるものは現代にもう一度掘り起こすべき」と語り、引用するという行為に建築家の主張が表れる手法の可能性を提示した。引用元を「受け入れ」ながら、「明確な意図」を持って設計に盛り込む、「受動的な主体性」を体現するような手法が「◯◯すべき」という言葉で語られたのであった。それは前述した同時代的に共通する非作家的なスタンスから少し異なる、教条的なニュアンスをも含んでいる。そのことに気付けたのはシンポジウム後であったが、最も年齢が若い金野氏が発するこれらの言葉には不思議な説得力があり、時間ととともに建築家像が少しずつ前進しているような気がして溜飲が下がった。
重要なことは、まるで連歌のようにことばとことばを紡ぎながら、少しずつ建築の歴史の片鱗が生み出されているということだろう。作家性からユニットへ、ユニットから非作家性へ、非作家性から受動的な主体性へ、受動的な主体性から引用へ・・建築の歴史が更新される可能性は、新しいことばに宿っている。建築のことばは歴史をアップデートするためにも存在する。
近代以降、幸か不幸か建築の歴史は「建築家の歴史」によってしか語られていないのである。それゆえ、建築家にとって、ひいては建築の歴史にとって「新しいー建築のことば」は必要であると言えるのだ。

発明的に建築を開く
ところで「新しい」には2つの意味合いがあるように思う。一つは時間軸を形成する「新しい」という意味合い、言わばアップデートとしての「新しい」。もう一つは、これまでとは異なる、変わるという意味での「新しい」、言わばカウンターとしての「新しい」である。途中、金野氏は「新しいという言葉にあまり興味がない」と語った。これは過去の要素や場所性の異なる要素を引用する手法と関連しての発言だが、一方で筆者にとって向陽ロッジアハウスと金野氏の一連の発言は、疑う余地なくある新しさに包まれているように感じる。これは、カウンターとしての「新しい」に興味はなくても、なにかをつくる上で自然に生まれてしまうアップデートとしての「新しさ」までは、建築家は拒否できないということを示している。筆者はシンポジウムのあいだ、この2つの異なる意味合いをなかなか整理できず、モヤモヤしてしまった。
思い起こせば、香川氏は不動産など異なるカテゴリーとの言語の違いを例に、「建築を説明する言葉を変えないといけないと感じている」と述べていた。この「変えないといけない」という言葉の中に、カウンターとしての「新しいー建築のことば」というシリーズテーマを掲げた意図が垣間見える。しかしもし、「新しい建築のことば」が、建築や建築家を広く開くための「共有可能なことば」ということであれば、できるだけ平易なわかりやすい言葉を使えば事足りるだろう。「わかりやすい」ではなく、「新しい」をシリーズテーマとしたのはなぜか。それは「発明的に建築を開く」ことを前提にしているからだ。かつてそれぞれの「村」の祭りでバラバラのルールとして行われていた原始のフットボールが、より高度化し、サッカーやラグビーという別のスポーツに発明的に変わっていったように。建築が「わかりやすさ」とは異なる、「発明的に開かれる」可能性と必要性を提示している。
「新しい建築のことば」。その平易さ故にサラリと理解したつもりになってしまっていたのだが、レビューを書きながら、何度も録音を聞いて、じっくり、ゆっくり、シリーズテーマの射程を読み解いていくという経験は、つまるところ建築家は「新しさ」からも「ことば」からも逃れられないということに対する気づきに他ならなかった。

最後にー編集的なアーキフォーラム?
終了間際、会場からの声として建築家の木村吉成氏、垣内光司氏、構造家の満田衛資氏といった、関西で活動する言わば良く知る人物が登壇者と語り合う光景は、「アーキフォーラム」という言葉に含まれる繊細な意味を表しているようで印象的であった。
アーキフォーラムは大阪の建築専門書店・柳々堂が1993年に発行した雑誌のタイトルがルーツだそうだ。創刊号では当時、大阪大学の教授であった東孝光氏が巻頭論文を執筆し、その他にも太田隆信氏(当時坂倉建築研究所)、竹山聖氏、高橋晶子氏、花田佳明氏らが大阪の地域性にスポットを当てた論文を書いている。vol.2では大島哲蔵氏、花田佳明氏、鈴木毅氏の小論文に加え、石井修氏と竹原義二氏の対談、30代建築家による対談などが掲載された。vol.3を経て1997年には今のアーキフォーラムに近い形となり、若い建築関係者がコーディネーターとして通年でシリーズを担当し、ゲストを招いたレクチャーを行う形になり、それは前シリーズまで続いていた。それはまるで、コーディネーターが編集長として特集を組む、編集された雑誌のようであった。つまりアーキフォーラムは当初から、雑誌よろしく「編集的」な態度を取っていたのである。
一方今シリーズでは、コーディネーターが6人という状況に加え、コーディネーターがプレーヤーの役割をも担った点において、過去に例のない「編集長不在」のアーキフォーラムになったと言えるだろう。少なくとも筆者の目には、過去のアーキフォーラムの中で、最も「事前に編集」されていないアーキフォーラムに映った。建築界で大きな物語が必要とされなくなって久しいことを考えると、複数のコーディネーターが各回を取り仕切り、最後にそれらを持ち寄って、大きな物語らしき結論を得ようとした今シリーズは非常に現代的だ。それは大きな物語を事前に描くのではない、「事後的な編集」によって大きな物語を描く可能性を秘めたものであった。しかし、今シリーズのように物語が個別化すればするほど、事後的な編集の精度が重要になってくる。その意味において、この最終回のシンポジウムこそがクライマックスであり、今シリーズのコーディネーターが問われるべき「場」であった。そう考えると、モデレーターをコーディネーターと別に立てるのではなく、コーディネーターだけの「事後的な編集会議」としてのシンポジウムが行われるべきであったような気がしてならない。

いずれにせよ、雑誌からレクチャー、そして対談へと変わってきたアーキフォーラムが、これからどのように変わって行くのかとても楽しみである。

(山口陽登)